12月にサンタクロースの服装で活動しています

自分がしている活動のなかみ、気持ちを ていねいに言葉で説明し伝える努力もしてみる

わたしの「交通安全みまもりゴミ拾い」活動はとても真剣な気持ちでつねに「まちのひとの いのち がかかっている」という意識で活動しています。
おおやけの場所で「活動させていただいている」という意識でいます。

だから、あまりふざけた格好、服装はしないようにしてきました。
しかしときどきは「あそびごころ」も必要かなと思って、季節のたのしいイベントにあわせた服を着ることもしています。

ただ楽しければなんでもよいコスチュームではなく、安全性能もかんがえて、交通安全のマイナスにならない両立できる服や装備(身につけたライトが光るとか、黒色系の服でないものを選ぶ、いつものヘルメットはかわらずに着用する、など)
をよく考えた上で決めて、そういう格好をしています。

「交通安全」というと、どうしても事故防止や命やケガや深刻な話題が多くなり、注意喚起や規則の話が増え、窮屈(きゅうくつ)な雰囲気になりがちです。

「みまもり」の面で、まちのなかをあかるくたのしい雰囲気、笑顔のある町にしたい、それを実現したいという部分もあって、遊び心のある格好を、ときどきはするようにしています。

実際のところ、🎅 サンタクロースのかっこうをしていると、町のなかで泣いている幼児をあやしたりするときに、ふだんの倍くらい良い効きめがあって、ぐずっているこどもが泣き止んでくれます。

まちのひとみんなが、いつでも、わけへだてなく笑顔になれることを

クリスマス以外にも季節のイベントはいろいろあります。
私はお金のあるひとだけがたのしめる、情報通なひとだけが予約してたのしめるイベントなど、限られたひとたちだけが楽しめるイベントというのがあまり好きでありません。

町に住んでいるだれもが、みんなが、わけへだてなく、お金がなくてもたのしめるイベントが好きです。

そういう気持ちもあって、わたしがちょっとおもしろいサンタクロースの格好をすることで、まちのなかで子供が笑顔になったり、一人で歩いているひとが家に帰って家族や知り合いに「きょう町の中でヘンテコリンなサンタさんがいたんだよ」と話題にできたりする、そういうちょっとしたことにつながるだけでも、うれしい気持ちです。

クリスマス当日は親が仕事で忙しかったり、そういう遊びをするお金や時間や体力の余裕がなかったり、あちこちで催されるクリスマスイベントも 日程や時間の都合がつかなくてサンタさんが見られないひとも、ちょっとでも、クリスマスのたのしい町の雰囲気をいっしょに感じられたらいいな、ちょっとでもあかるい気持ちになれるかな、という気持ちをもって、クリスマス当日の12月25日よりもすこしまえの日から、そんな格好をしています。


・目立つ色の服を着ることや、まちのなかで目立つ格好をすることは、道路上で活動する場合、交通安全上とてもたいせつなことです。車の運転手や周囲の他者へ、遠くからでも見えやすく、なるべく早い段階で「ここにひとがいますよ!」と知らせることができます。「視認性を上げる」という言い方もできます。

・この「交通安全・みまもり・ゴミ拾い」の活動は、世田谷区の地元住人である すずき じゅんじ による、日本のこどもたちのため、あかるくて安全な地域社会をつくるための、自主的で個人的な活動です。
だれからも報酬・お金は受け取っていません。
特定の政治団体・宗教団体・公費税金をつかった団体とは無関係です。
なにかの営業活動や宣伝活動の一環ではありません

・サンタクロースの格好をすることは「季節のイベントにあわせて」という意味だけです。私はキリスト教とは特に関係ありません。特定の宗教とこの活動は無関係です。

 私はこれまで自分の活動や行動について、あまり言葉で説明してきませんでした。
言葉よりも毎日まちのなかで活動をつづけていれば、すこしづつわかってもらえるかな、活動中のわたしの背中やふるまいをみてもらえば、時間がかかっても私のなかにあるいろんな気持ちがつたわるかな、という気分でいました。

しかしそれは、もしかしたら、まちのひとたちに対して、自分のほうからていねいにつたえる説明する努力を怠っていた、なまけていたということかもしれないと思うようになってきました。

じぶんからことばで「善行」をアピールするようなことはしたくないという気持ちがありました。そういうのは、はしたないことだ、という古い(?)感覚をもっていました。
でもそれは「自分はそうしたい」という自分側の希望でしかなくて、
「じゅんちゃんおじさんという、あのひとは、まちのなかでよくみかけるけれど、どういう考え、どういう気持ちで、あの活動をしているのかな? もっと知りたいな
という町の人の疑問に対して、コミュニケーションの努力が不足していたかもしれないと、反省したりしています。

じぶんがどうやりたいかという「好み」はよこにおいておいて、ことばの説明でも伝わることがあるのなら、ことばでも自分のしていることを説明することをもっとしていく親切心を発揮するべきじゃないか、という気づきもあって、これからは自分の行動のめざしている意味や気持ちについても、ブログですこしづつ書いていこうと思っています。

(★ 世田谷区にすんでいる住民のひとたちから「じゅんちゃんおじさん」の活動について話をききたい、子供や生徒たちのまえで話をしてほしい、という要望を頂いたりすることが増えたので、まず、このブログでそういうことにも取り組んでいこうと思いました。)

追記:
クリスマスがおわった次の日に活動していたら
まちのなかで親子のかたがきてくれて「🎅 サンタクロースの服装、とても良くにあっていて、かっこよかったですよ。いつもゴミ拾いしてくれてありがとうございます」
とていねいにお辞儀をしてくれました。

わたしもほめられてうれしいです。まちに住んでいる地元のかたがたにこうやってみとめていただけることがうれしく、励みになります。
ありがとうございます。