車を運転するひとへの感謝 さいごは運転するあなたが町のひとの命を守ってくれている

私(じゅんちゃんおじさんの思い)

車でいつもまじめなおもいやり運転をしてくれているひとへの感謝

どんな法律や交通ルール、交通安全の知識も、じっさいの道路上、交差点のその場、その瞬間では「理屈や正論は通用しない」のが現実です。

交差点で信号無視をして暴走してくる車に対して大声で「道路交通法38条!」と怒鳴っても車は止められません。歩行者や自転車はその車を力づくでとめることもできません。
たとえ警察官がいても暴走車を素手で停止させることはできず、その車のハンドルをにぎっている人がブレーキを踏むまで車は止まりません。
どんなに法律や交通ルールや、信号機があったとしても、結局、最終的に交差点や横断歩道付近、道路上で、歩行者や自転車のひとの命をまもるのか、奪い傷つけるのか、は、車の運転手そのひとの行動にかかっています。

車は町のなかで罪のないひとを、子供たちを、高齢者を、いつでもひきころしてしまうおそろしい危険性をもっています。

そのことを常に真剣に意識して、ハンドルをにぎり、車を運転、操作してくれているまじめでやさしい車の運転手のひとたち全員に感謝しています。
毎日、つねに毎分毎秒という単位で細心の注意をはらい、まちのなかにいるひとの身体をきずつけないように、交通事故を起こさないように集中力とおもいやりをもって車を安全運転してくれて、ありがとうございます。
結局さいごは、車を運転している「あなた」の責任です。

私(じゅんちゃんおじさん)は、毎日まちのなかに出て交通安全活動をさせていただいているので、たくさんの車の運転のようすを見ます。

世田谷区内で車を運転するひとの多くは、やさしい思いやり運転をしてくれています。
歩行者に対してだけではなく、たとえば、交差点で判断をまちがえて、交差点内に取り残された状態で信号が変わってしまった車に対して、クラクションをならして「じゃまだ!なにやってんだ、はやくどけ!」などとあおって余計に危険を高めるようなことはせずに
「判断をまちがえたり、失敗したり、運転に不慣れなことはだれにでもあることだから」と、自分の側が青信号ですすめることができても、その立ち往生してパニック手前状態の運転手にそれ以上プレッシャーをあたえないように、ゆっくり待ってあげて、うごきやすいように余裕あるスペースをのこしてあげて、自分のほうから無駄に接近せずに時間をあたえてあげる。
そういう「思いやり運転」を何回も見かけたことがあります。

(交差点内や中途半端な場所で車が立ち往生してしまうことはあたりまえにときどき起きることです。運転手のミスでなくても、救急車など緊急車両に進路をゆずったり、その車とは別の車がミスをしてその危険回避をするために自分の車がやむをえず変な場所に停まってしまうこともあります。)
 
 

私(じゅんちゃんおじさん)にできない不可能なこと

◆ 車からみて左折直後、右折直後にある横断歩道を、横断中の歩行者がいるのに「歩行者優先」を無視してそのあいだを暴走していく車が存在します。
そういう暴走車を物理的なちからづくで停車させることは私にはできません。不可能です

私が活動中に横断歩道付近に立つときは、渡るひとの「横断補助」をします。
これは、その横断歩道に急接近してくる車に対して
「おーい! いまこの横断歩道を渡っているひとがいますからねー!!」となるべくはやく知らせて注意喚起し、
減速や横断歩道てまえでの停止をしてもらうことを目的とした行動です。
実際に起きた「左折まきこみ事故」や「右折直後の横断歩道の事故」では「歩行者を見落とした」「歩行者に気がつかなかった」「見えなかった」と加害者が事故の原因を供述することがあります。その危険度をすこしでもさげるためです。
特に歩行者と車がおなじ方向で並走してくる(おなじ向きですすんでくる)場合に運転席から歩行者が「死角」に入ってしまったり、歩道沿いの植え込みなど遮蔽物で隠れて見えなかったり、運転者からは「これから横断する一人の歩行者」に見えてもじつはかさなっていて「二人の歩行者」がいる場合や、夜間や雨がふっているとき黒い服や黒い傘で横断するひとの姿が運転手から見えにくいときなどがあります。
そういうときに、目立つかっこうをした大柄のおとなが「横断補助」をして手をあげて「いまから横断歩道わたるひといますからね〜!」と合図していれば、それがないときに比べて、横断者の存在に気がつきやすくなります。

私は警察官ではないので、車をとめることを「強要・命令」することはできませんし、していません。あくまで現在横断中の歩行者の存在を気づきやすくさせるための補助的な行動です。

だから、結局最終的には、交通事故をおこさないようにするのは、車を運転しているひとの手と、ブレーキの上にのせている運転者の足にかかっています。
車の運転手が「歩行者優先」をまもるかどうかにかかっています。

◆ 歩行者用の信号機が青色点滅中や、赤色になってから『飛びこみ横断』する歩行者や自転車を私はとめることができません。不可能です

私は警察官ではないので、無理な横断をしようとする歩行者や自転車に対して「止まれ、渡るな」と「強要・命令」することはできませんし、していません。

こどもの場合で命の危険がある場合は止めることがあります。
しかし実際の現実としては、子供であっても私のいる位置から離れた場所から飛び込み横断した場合は止められないこともあります。
また、歩行者用信号が赤になっていて信号無視状態でも、すでに半分まで渡っている場合は、よけいな声をかけて道路のまんなかで足を止めさせればさらに危険度があがってしまうような状態もあり、そういう場合は止めません。

私の活動は、おなじ町に住んでいる住民一般市民としての交通安全活動です。
だから「交通ルールや規則をまもらせるための活動や取り締まり」ではありません。
「こどもや住民のいのちをまもること」が最優先の目的の活動です。

誤解される可能性のある私の行為として、
「歩行者青色点滅中の信号や赤色信号なのに、手をあげて横断歩行者をまもりわたらせるようなポーズをとることがある」
のですが、
これは、私が点滅中や赤色の横断を推奨しているわけではありません。

なるべく、信号が点滅はじめたら安全のため横断は一回あきらめてほしいし、
もちろん赤色になっていたら車がきていなくても横断はしないでほしいです(こどもたちにお手本をみせる意味でも)
けれども、実際の町の中では「飛び込み横断」する人は存在します。

たとえ交通ルールをまもらないひと、やぶるひと、であっても、私はそのひとが車にひかれてほしくありません。ケガをしたり、しんでしまったりしてほしくありません。
だから、無謀であぶない渡り方をしたひとの横断も「保護」してできるだけそのひとの安全を確保して交通事故がおきないように守ります。
(こういうとき私は、車に対して頭を何度もさげながら「無茶な渡りかたしてすみませんね〜、こちらの横断歩行者に問題があるんだけど、すこしだけ待ってくださいね〜 🙏  🙇‍♂️ 」という気持ちでいます )
もしその無茶な横断をしたひとに面と向かって交通安全について意見をつたえるべきだとしても、それはいったん安全な場所(歩道内)にはいって安全確保してからがよいだろうと私は考えています。

横断歩道以外の信号機のない場所を横断しようとしているひとに対しても、おなじような保護のうごきをします。
ちかづいてくる車に対して「いまここを渡っているひと、いますからね〜」と手をあげて合図を送ります。そのことでなるべく早めに気がついて減速できるように。
私はこころのなかで「すこし遠回りであっても、横断歩道を渡るほうが安全ですよ」と思っても、警察官ではないので、それを他人に押し付けることはできません。(相手がこどもであれば、なるべくやさしい言い方でそのことを伝えます)

私のやり方としては、まず自分自身がまちのなかで、交通ルールを率先してまもったり、その姿をみせる。それをつづける、つみかさねる。
そのことで、交通ルールをまもるおとなのひとたちの数がふえる。
そして、時間をかけて毎日のつみかさねをつづけていくことで、
個別の注意や意見をしなくても、それまであたりまえに信号無視や危険な道路横断をしていた人たちが、すこしづつ減っていく。
そんなふうな考えで活動をつづけています。


結局、横断するひとたちの命がどうなるかは、車を運転しているひとの行動にすべてがかかっている

だから、思いやり運転、車よりもよわいひとたち(歩行者、自転車)のことをかんがえて、ていねいで、やさしい運転をこころがけて、それを実際にまいにち道路上で実践してくれている車の運転者のひとたちに感謝しています。

世田谷区内でやさしい運転をしてくれている運転者のみなさま
毎日 ありがとうございます

みなさん一人一人の毎日の思いやり運転のつみかさねが
まちの「交通安全治安」をよくしていき、
交通事故の起こりにくい、ゆっくり余裕をもった運転があたりまえで、「あおったり」「せかしたり」がすくない、
まちの空気、雰囲気をつくっていってくれているのだと
私は思います。


※ この記事はのちほど修正・加筆する予定です