じゅんちゃんおじさんの交通安全をくわしく説明(重要)

私は毎日まちのなかで「 交通安全 みまもり ゴミ拾い 」の活動をしています。
活動の優先順位は、
第一位、交通安全
第二位、みまもり(見守り)
第三位、ゴミ拾い
です。
住民の命をまもることを、いちばんたいせつだと考えてつねに活動しています。

交通安全活動の目的は?

私(じゅんちゃんおじさん)の交通安全活動の目的は

住民のいのちをまもること」。

これが最大でもっともだいじな目的です。
こども、高齢者、女性はもちろん、みんなのいのちをまもることが目的です。

❌「交通ルールを守らせること」
❌「交通違反を注意すること」
は、私の活動の目的ではありません

だから、町の中で活動中に、目の前で信号無視をしているおとなの歩行者がいてもそれに対して「ルールをまもりなさい!」という注意や警告はしていません。
生命の危険がある場合だけ口出しをすることもありますが、
その場合でも「○○したほうが安全ですよ」などという「提案」のような言い方をするように気をつけています。
威張って命令や強制するような物言いをすることは絶対にしません。

警察官のまねごとをすることもありません。

実際のところ、おとなのひと相手にはほとんどの場合なにも言いません。
未成年で中学生より年齢が下に見える場合で、危険度がとても高いと思われるときだけ、声をかけることがあります。
例えば、横断歩道を両手をまえにかかげて本を読みながら渡ろうとしていたり、ヘッドフォンをしながら歩きスマホで左右を一度も振り返らない場合は、「まわりを見たほうが安全だよ〜」「まがってくる車あるからね〜、自分の目でみたほうが安全だよ〜」
とつたえることはあります。

じゅんちゃんおじさんは具体的になにをしているのか?

ひとことで言えば「横断補助」です。

わかりやすく言えば、「いま、この横断歩道をわたっているひとたちがいますからね〜!!」という目立つ合図を、近づいてくる車の運転手にむけて大きくアピールする手伝いをして、
・曲がって近づいてくる運転者に、まず歩行者、横断者の存在に気がついてもらう。横断歩道があることに気がついてもらう
・近づいてくる車のスピードをさげ、減速ブレーキをうながす
・近づいてくる車に停止してもらう
・近づいてくる車に周囲の歩行者の存在確認を促す。
・さらに渡ろうとして近づいてくる歩行者や、走ってくる人、自転車にも警戒してもらう
そうして

交通事故が発生する確率をすこしでも下げよう

という行動、活動です。

信号機があっても、横断歩道があっても、毎日全国各地で交通事故が起きています。毎日ほんとうに起きています。毎日です。
私(じゅんちゃんおじさん)は毎日、全国で起きた交通事故の詳細を勉強しています。どういう場所で起きたのか、起きた時刻は何時か? 天気や路面やどうだったのか? 事故を起こした運転手はどういう人なのか?
そして、事故を起こした運転手はどう言っているのか? 事故原因はなんだったのか?

信号機のある交差点の横断歩道で起きる事故は、
・車が、左折直後にある横断歩道の歩行者をひく事故
・車が、右折直後にある横断歩道の歩行者をひく事故
がとても多く、
そういう事故を起こした車の加害者運転手の多くが
歩行者が見えなかった、きづかなかった
歩行者を見ていなかった
という供述をしています。

あくまで「補助」であり、「防御」はできない。
私のちからでは物理的に走ってくる車をとめることや歩行者の命の安全を保証することはできません。
走っている車を止められるのはその車の運転者だけです。
信号機にも物理的に車を止めるちからはありません。

いくら 法律があっても道路交通法の38条があっても、スピードをあげて迫り来る車の運転手に道路上で「38条があるよ!!歩行者優先だよ!!」と怒鳴っても、危険な車を物理的に停止させることは不可能です。

実際に、そういう車は存在しますし、めずらしいことではありません。常に危険な車は存在し、まがってくるとき減速しない、歩行者横断者を確認しない、片手運転でスマホを操作しながら曲がる車、それどころか、アクセルをふんでスピードをあげてとびこむよう曲がってくるひともいます。

だから、毎日のつみかさねで、左折後、右折後の横断歩道にじゅうぶんに注意、警戒をはらい、横断歩道ぎりぎりで止まるのではなく、まがるまえからブレーキをふんでスピードを落とすことをする運転者を増やす、その安全運転が体にしみこみ、習慣になるひとが増えることで、まち全体が交通事故が起きにくい、安全度をあげていく、そういう積み重ねを繰り返していく。
それが、私の交通安全活動の正体です。

「そうそう、車でまがるときは、すぐあとにある横断歩道の歩行者に気をつけなくちゃな」という意識が高まり、運転するからだにしみこんだ運転者は、交通安全の見守りの人間や警察官がそこに立っていなくても、ほかの道路のどの曲がり角、交差点でも、「まがってすぐの場所にいる歩行者に気をつける」という思いやり運転をしてくれるようになります。

「住民のいのちをまもること」を第一にしています。だからときには誤解されることもありえます

・町のなかで横断歩道以外の場所を横断する人がいます。私は基本的にはそれについて口出しして注意するようなことはしていません。
ちかくに横断歩道がある場所ならば「むこうまで歩いてから渡ったほうが安全だけどなあ」「こどもがマネすると危険だけど…」と思うことはあるけれど、それを口に出しては言いません。
そして、そういう場所で渡るひとの安全度がすこしでもあがるように、近づいてくる車がなるべく早く気がついて速度を落とすように、私が横断者のかわりに大きく手をあげて車がくる方向に合図して「いま、ここを、横断中のひとがいますからねー」と周囲に知らせる動き、身振り手振りをします。
つまり、
私はその場所で横断することが良いことだとは思っていなくても、横断する人の命のほうがだいじなので、それを補助する行動をとっているのです。
あぶない場所での道路横断をすすめたり、肯定したり、賛同しているわけではありません。
そのひとが交通事故にあわないことのほうがだいじだと思っています。

(これについてはいつも自分の活動のなかで葛藤をもっています。本当にそういうやりかたがよいのかどうか…?)

点滅信号で「とびこみ横断」してくる歩行者や自転車についてもおなじことがいえます。
私は、そのことが良いとは考えていません。
安全上、一回 横断するのをあきらめて足をとめて次に青信号になるのを待てばよいだけのことです。命の危険をおかしてまでかけこみ、とびこみ横断する必要性はどこにもないと考えています。
それでも実際には、とびこみ横断する人や自転車があると、そのひとの安全を「補助」するために大きく手をあげて「いま、ここを渡っているひとがいますからねー!!」と身振りで、先頭になって近づいてくる車の運転手につたえて接近スピードを落としてもらえるような行動をしています。

これは、決して「とびこみ横断」を肯定したり、それをするひとの味方をしているわけではないのです。



(私はからだが大きく、目立つかっこうで、夜間はライトや反射材をたくさんつけているので、ぼーっと集中力がおちたまま車を運転しているひとに気がつかせる効果は実際にあるものだと毎日の体験からはっきりと認識しています)

・ひとには安易にすすめられない  いのちのきけんがある 実際にひきころされそうになったことある  反社はんぐれがおりてくることもある

・交通ルール違反を注意してほしいという住民からの要望も受けることがあるがしていない。
 活動中に交通ルールを無視したりするひとがいても、(いまのところ)その人に対して私が注意するようなことはしていない。
 それが絶対ただしいかどうかの確信はない。が、自分自身でよくよく考えて、法律や交通ルールも確かめて、そらに自分自身の心とも相談して、自分が活動するのであれば、時間をかけて、自分が(おとなのひとりとして)町のなかでどうふるまったらよいかのお手本を見せ続けて、10年20年かけて、すこしづつものごとをじぶんのよかれとおもう方向へもっていく、変えていくのがよいと思ってそういうやりかたをしている

(※この記事はすこしづつ追記しています。

 この記事は執筆途中で まとまっていなくて、欠けている部分もありますが、とても大切な内容がいろいろ含まれていますので、途中の段階ですが、公開しながら書くことにしました。のちほど構成も見直しながら加筆修正してまとめていきます)

・将来的には車の自動運転の進歩で、信号機と車の自動連携で車が物理的に自動停止するようになる技術も

・車の運転者にとっての四つ目の眼 👀 に なる。
・歩行者にとっての三本目の手になる。

交通安全の確率をすこしでもあげる
交通事故の確率をすこしでもさげる

という活動を、毎日つみかさねて、実現していく。
一度、交差点の横断歩道に立ってみまもり立哨をしてその場かぎりで交通事故を防止できたできないという話でなく、
縦方向(時間)、横方向(地域全体)につながっていく、ひろがっていく交通安全つみあげ活動。

わかりやすく極論をいえば

もし交通事故がどうしても避けられない状況が発生したら、
「とりかえしのつかえない被害をさけてなくす」

人間がケガをしたり命を失う交通事故が起きるくらいなら、物損事故やお金で修理できる交通事故のほうがマシである

どうしてもさけられないならば、生身の人間がきずつくよりも、車の車体やガードレールにきずがついて済むほうが良い

もし、歩行者などの交通弱者がどうしても被害にあう事故が避けられない場合は、赤ちゃんやこどもが被害を受けるよりも、身体のじょうぶな、おとなが被害にあったほうがましで、回復もできる。
とにかく、赤ちゃん、こども、高齢者、女性をまもる!

もしも交通事故がさけられないならば、どうにかその瞬間に工夫して、命をまもる、とりかえしのつかないケガをさける。
からだの丈夫なおとなであれば、普通の骨折や擦過傷は、もとどおりに治る。大きな障がいが残るようなケガや致命傷になるダメージを負わない真剣な集中力を危険な道路上では発揮できるようにする


強い者が、弱い者をまもる! いつでも、どこでも